2008年10月09日

長崎くんち /後編

長崎県長崎市
10月7日-9日

HAGAZF033897.JPG
3基の神輿が県庁坂を疾走する「もりこみ」

一般に知られている長崎くんちは、諏訪神社をはじめとする市内4カ所の踊り場で、踊町(おどっちょう)の氏子(うじこ)が「だしもの」や「踊り」を披露する町民の祭りだ。

神事としての祭りは、諏訪神社で御神幸(ごしんこう)が行われる。7日に神社を出発して、約1.6km離れた御旅所である大波止まで「お下り」をして、9日に神社に戻る「お上り」をする。12町から参加した総勢百数十名の行列と3基の神輿だ。それぞれの神輿は16人の屈強な若者に担がれてしずしずと進むが、各要所では一転して全力疾走となり、「もりこみ」と呼ばれる勇壮な荒技を見せる。

踊り場で「だしもの」や「踊り」を披露した踊町は、長崎旧市内へと向かう。ここで一軒一軒の店や家を回り、「庭先回り」という門付け(かどづけ)をするのだ。龍(じゃ)は銅鑼の音と共に、軒先に頭を突っ込み、そして舞う。「だんじり」は店や家の前で祝い唄を歌う。本踊りも、一軒ずつ短い踊りを奉納していく。1つの踊町が1日800軒から千軒を回るという。3日間では大変な数だ。店や家々には、訪れる前に「呈上(ていじょう)」と書いた札を渡す。記帳係がいて、あとでこの店や家々に「御花」と呼ばれるご祝儀を受け取りにいく。それぞれの店では5町〜7町もの「呈上」がくるので、その御花料もたいへんだが、この町内の店や家によって祭りが支えられている。各町内7年に一度のこの祭りは6月1日より始まり、子供、若者たちの練習が始まる。そして祭りまでは、年配の世話役たちも準備、会合など忙しい日々が続き、その費用も御花料によって支えられている。

長崎くんちは、諏訪神社、八坂神社、公会堂前広場、大波止にある御旅所の4カ所で、踊町(参加する町)が踊りやだしものを奉納するのを観覧する。諏訪神社には左右に枡席があり、ここは6月初旬に売り出しと共にすぐに完売する。A席は4人掛けで2万4千円。一方、「長坂」と呼ばれる神社正面の参道の階段は無料の特等席で、300名が拝観できる。この場所は10月7日に整理券が配られるのだが、2日前から徹夜組ができるほどの人気だ。初日はどこもすぐに完売なるが、2日目、3日目になると当日でも桟敷にはいれることもあるので、問い合わせをすると良い。

諏訪神社くんち踊馬場さじき運営委員会(TEL095−821-8596)
お旅所=元船町自治会事務所(TEL095−823-9073)
八坂神社=さじき運営委員会(TEL095−822-6742)
公会堂前広場=長崎商工会議所(TEL095−822-0111)
(2008年10月7-9日撮影)
HAGAZF033783.JPG
諏訪神社の参道を下り、「お下り」と呼ばれる御神幸に出発する。中央の赤い人物は猿田彦(さるたひこ)の天狗。

HAGAZF033849.JPG
庭先回りで、踊りやだしものが店や家々を訪れる前の挨拶の呈上の札。

HAGAZF033847.JPG
庭先回り。恵美須船が魚屋を訪れて大漁唄を歌う。

HAGAZF033841.JPG
庭先回り。龍(じゃ)が訪れて、龍踊を奉納する。


大きな地図で見る


posted by 芳賀日向 at 20:39| Comment(1) | TrackBack(0) | 2008-10月の祭り

長崎くんち /前編

長崎県長崎市
10月7日-9日

HAGAZF033809.JPG
諏訪町の龍踊(じゃおどり)

8月の盆に長崎市に来たときには、湿気が多く、日中はうだるように暑かったが、10月になると心地よい秋の風が吹いている。長崎県最大の祭り、いや日本三大祭りの一つともいわれる「長崎くんち」が始まった。

九州でおこなわれている「おくんち」の祭りの起源は、中国で旧暦9月9日を祝うの重陽の節句が伝わったといわれる。月と日に陽である奇数が重なることがめでたいとされ、なかでも9月9日は最もめでたい日とされた。日本でも、1月1日、3月3日、5月5日、7月7日を祝う。

長崎くんちは寛永11年(1634年)、旧暦9月9日に長崎旧市内の丸山町と寄合町の遊女・高尾と音羽が謡曲小舞を諏訪神社に奉納したことから始まったと言われる。これは江戸時代、第三代将軍家光が鎖国政策を進めていた時期に当たり、キリシタンの地である長崎で神社の祭りを行うことによって、民衆の心を神道に向けるという幕府の狙いもあった。以降、唐と阿蘭陀(オランダ)との交易で財をなした旧市街の各町内から「だしもの」を披露する現在の形式へと発展した。現在では毎年10月7日から9日までの3日間、諏訪神社はじめ市内4カ所で「踊り場所」が開催される。

長崎旧市内にある58町の中から毎年7町〜11町が「踊町(おどっちょう)」と呼ばれる年番となり、踊り場で「だしもの」や「踊り」を奉納する。年番は7年に一度回ってくる。だしものは、町民の寄付によって造られた豪華な趣向を凝らしたものだ。それぞれの踊町の受持ち時間は約30分。どの踊町も最初にゆっくりと優雅に回る傘鉾を奉納する。傘鉾は重さ130キロで垂れ幕や飾りに1千万円もかかっているそうだ。次に、日本舞踊、「だんじり(山車)」、龍踊(じゃおどり)などが奉納される。前後にだけ動く車輪をつけた船の形の「だんじり」は威勢良い声とともに、ゴゥーと音を立てて5回転する。龍は銅鑼の音と共に飛び出してきて暴れ回る。だしもので興奮した後は、次の踊町が艶やかな日本舞踊を奉納する。テンポが良く見所が多く、4時間があっというまに過ぎてしまう。また観客衆とのやりとりがおもしろい。それぞれの会場となる踊り場には応援団なる青年たちがいて、観客を煽り、踊りやだしものに「かけ声」をかける。長崎くんち独特のかけ声だ。傘鉾がきれいに回ると「よいやー!」。アンコールは、だしものの場合は「もってこーい、もってこい!」、踊りの場合は「しょうもやれー!(所望するのでやれぇ)」という具合。この応援団と大観衆からかけ声と手拍子で、祭りはさらに盛り上がる。江戸時代から続く町人の見事な祭りだ。
最終日に、だしものの船だんじりを見事に何回も回転させ、拍手万雷を浴びて戻ってきた青年たちの、町の威信をかけた大役を果たしたと感涙にむせぶ姿が印象的だった。
(2008年10月7-9日撮影)

HAGAZF033798.JPG
各町の最初のだしものは傘鉾(かさぼこ)。重さ130キロ近くあり、
優雅に回ると「よいやー!」のかけ声がかかる

HAGAZF033877.JPG
新橋町の阿蘭陀万歳(オランダまんざい)。江戸時代の長崎にいたオランダ人をまねたという創作日本舞踊

HAGAZF033928.JPG
榎津町の川船。小学生の男の子が網を投げると見事に魚が捕らえられた

HAGAZF033824.JPG
西古川町の相撲甚句(すもうじんく)。力士の口承によって伝わっている唄

HAGAZF033860.JPG HAGAZF033871.JPG
賑町、榎津町の大きな船だんじりが音を立てて回転する









posted by 芳賀日向 at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 2008-10月の祭り

2008年10月18日

雑司ヶ谷の御会式(おえしき)

東京都豊島区 鬼子母神法明寺
10月16-18日夜

_MG_0407-1.jpg

南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)の題目で知られる日蓮宗の宗祖・日蓮(にちれん)の命日は10月13日。この前後の1週間に日蓮上人(しょうにん=僧の敬称)を偲び、全国各地で盛大に法要会「御会式」が慶祝される。
雑司ヶ谷では鬼子母神法明寺で16-18日に行われた

御会式は賑やかな法要行列だ。威勢の良い「まとい」に続いて「万灯(まんどう)」が夜空を大きく舞い、老若男女たちが笛の音にあわせて鐘、太鼓をたたく。万灯は、日蓮上人がご入滅の折、庭先の桜が時ならぬ花を咲かせたという故事に由来して、500の桜花が25本の枝に結ばれ枝を垂れている姿をあらわした灯火。18日には各町内会などの単位でつくる25の「講」が万灯行列に参加した。鬼子母神周辺は、深夜まで太鼓をたたき、まといを振って余韻を楽しむ青年たちであふれていた。
(2008.10.17-18撮影  注:鬼子母神(きしもじん)の鬼という字には実際には角(ノ)がありません)

kisiobjin-1.jpg
鬼子母神境内には、射的、くじ、飴細工など昔懐かしい露店が100軒近く並び下町のノスタルジックな雰囲気をかもしだしている

_MG_0271.JPG
「講」の最初はまといのグループ。小さな男の子も元気良くまといを振る

_MG_0328.JPG
夜空に舞う万灯。故事に由来する桜の花をあらわした

_MG_0207.JPG
太鼓をたたき陶酔感に酔う若い女性たち

_MG_0538.JPG _MG_0469.jpg
行列は17日は、お穴の鬼子母神から、18日は池袋東口から出発して、鬼子母神へと向かう。18日夜、ネオン輝く池袋東口の出発地点付近で

_MG_0459.JPG
鬼子母神境内で売られている「すすきみみずく」。昔、少女が鬼子母神のお告げで、すすきで作ったみみずくを売り、そのお金で病気の母親をすくった伝説に由来した、魔よけのお守り

HAGA0124511.jpg
日蓮上人ご入滅の霊場である日蓮宗大本山 池上本門寺。
お会式は命日の前夜12日に行われる   (2003年撮影)
posted by 芳賀日向 at 13:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 2008-10月の祭り