春に苗代に種を蒔いて、稲の苗を育てる。5月、6月頃に苗を田に移す田植えをおこなう。夏に稲は大きく育ち、秋に実り、米が獲れる。日本各地では6月初旬から中旬に、秋の豊作を願い、田植えの祭りがおこなわれる。

広島 壬生の花田植 早乙女が合唱しながら苗を植え、奥では太鼓や鉦を叩いて囃す青年たち
【神社の田植え祭り】
神社で神様にお供えする米は神田(しんでん)で収穫された稲をつかう。そのために神社では田植えをして田植えの祭りをおこなうところがある。
大阪市の住吉神社では、御田植え神事(6月14日)とよばれる田植え祭りをおこなう。神社の神前に苗を供えた後、、御田植えをする人たちが行列をして神田にいき、氏子の女性がたちによる田植えがはじまる。神田の中には仮舞台があり、田植えの行われている間、8人の巫女たちが田の神様を喜ばすために田舞いを舞う。今から2千年も前に神功皇后がの神田をつくらせたのがはじまりと言われる。

住吉神社・御田植え神事の植女(うえめ)。神前よりいただいた早苗を御田中央の舞台で、替植女に渡す役割をする。

総勢30名の替植女(かえうえめ)による田植えがおこなわれ、仮舞台では田舞が舞われる
三重県伊勢市の伊勢皇大神宮の神田は、三重県志摩市部町の伊雑宮(いざわのみや)の中にある。磯部町の少年少女たちが田植えの祭り「御田植祭」(6月24日)に奉仕する。田植えをするのは12才から15才くらいまでの少女6人で早乙女(さおとめ)と呼ばれる。少女たちはこの日は神様に仕えるために清らかにお化粧をして、白妙(しろたえ)の晴れ着姿に赤い襦袢を装う。早乙女に苗を渡す役の青年が6人、それに田舟(たふね)に乗って太鼓を叩く男の子、笛や鼓でお囃子を演奏する青年も加わる。田んぼのなかで、田植えに関係のある謡曲を唄ったり数え歌による鳥追いの鳥さし舞いをしたり、のどかに美しく御田植え式をおこなう。
このように田植えをする神社は、千葉県の香取神社(4月第1土曜)、滋賀県の多賀神社(6月第2日曜)など全国各地にある。

伊雑宮・御田植え式の竹取神事。水田で下帯姿の男達が、団扇のついた忌竹を奪い合う

早乙女と苗を渡す青年たちによる田植え。

苗や稲、農具などを運搬する田舟(たぶね)に乗った男の子が太鼓を演奏する
【花田植】
豊作を祈る祭りは、田の神様を迎えて、神様に喜んでもらうためにおこなう。その時「田遊び」のように田の仕事をまねする儀式(1月号予祝・田遊びに解説あり)をおこなうだけではなく、実際に田植えをして田の神様の祭りをするところが中国地方各地にある。広島県北広島市千代田町壬生では「花田植」を毎年6月第1日曜日におこなう。
たんぼの水口(みなぐち)に祭壇をこしらえ、田の神様をお招きして、3束の苗を供える。金色の鞍をおき、きれいに飾られた牛に馬鍬(まぐわ)という農具をひかせ、水田で土を柔らかくするための代かきをおこなう。代かきが終わると、田植えをする女性の早乙女たちが登場する。早乙女はそろいの絣(かすり)の着物で菅笠をかぶっている。田植えがはじまると、70人ほどの早乙女が田んぼで横一列に並ぶ。その前に、「さんばいさん」と呼ばれる男の人が立つ。さんばいいさんは田植えの指揮者で、手に竹で作った「ささら」という楽器を持っている。早乙女の後ろの方には大太鼓、笛、鉦などで田楽を囃す若者たちがいる。さんばいさんが、ささらを叩き合わせながら、よく通る声で、田植え歌の上の句を唄う。「田の神はヤーレ 今こそおりる宮の方から」、」すると下の句を早乙女たちが合唱する。「あし毛の駒に手綱よりかえけ....」。
こうして唄って田植え唄が一区切りつくと、若者たちが賑やかに田楽を囃したてる。そのリズムにのって早乙女たちは田に苗をさしていく。そしてまた田植え唄を合唱し、田楽のリズムに乗り、田植えが繰り返される。この田植え唄は一日唄っても同じ句が繰り返されることはないというほどバリエーションが多い。つらい田仕事を楽しくすごすために、昔から行われてきた田植えが再現される。

壬生の花田植・金の鞍をつけて飾られた牛による代かき

壬生小学校の生徒たちによる田楽

苗を植える着飾った早乙女たち。